レイプ事件 叔父からの性暴力

 In ボーダーライン

 

中学2年の夏

私は叔母の家に預けられていた。

 

なぜ預けられていたのかは忘れた。

 

叔父は父親のいない私にとって

父親のような存在だった。

優しくて、大好きだった叔父。

 

しかし

叔父は本当の顔は鬼畜であった。

 

叔母は留守だった。

いつものように

テレビを観ていた。

 

叔父はソファに座り

私は体育座りで叔父の前に座っていた。

 

すると

後ろから

叔父の手が私の頭を撫でた。

その手が段々下に下がってくる。

不審に思った私は態勢を変えた。

 

叔父から離れたのだ。

 

そしたら

叔父は私の足を持ち自分の方に引っ張った。

私は身の毛のよだつ恐怖を感じた。

そして叔父の手を振り払い2階に逃げた。

2階まで追ってきた叔父は

私の長い髪を引き掴み

階段を髪を引っ張ったまんま1階まで私を引きずり下ろした。

私は、腰も背中も階段にぶつかりながら

1階のリビングまで引き摺られていった。

 

私は立ち上がることもできない。

でも、なんとか這いつくばって

叔父から逃げようとした。

 

叔父は日本刀を持っていた。

和室の方から日本刀を出してくると

なんとか這って玄関の方まで行きかけてた私を

またリビングに連れ戻した。

私は押し倒され

日本刀を顔の横に突き刺された。

そして

顔を何度も殴られた。

 

私は

もう抵抗する気力もなかった。

震えが止まらない。

 

おとなしくなった私のTシャツを

叔父は引き裂いた。

それから私を裸にすると

私の上に乗り

ありとあらゆる辱めを受けた。

 

私は声も出ず

恐怖に震え

涙は留めなく流れていた。

 

何回も犯された私は

裸のままリビングに横たわっていた。

リビングにひかれたラグは血に染まって

真っ赤になていた。

 

初めての経験は強姦だった

 

叔母がその日帰ってこないことを

叔父は知っていました。

チャンスを待っていたのでしょうか?

私は翌日には家に帰りましたが

その後は叔父から逃げ回っていました。

 

私はこの事件を誰にも言えませんでした。

何十年も誰にも言いませんでした。

なぜ言えなかったのか?

こういう被害を受けた時

被害を受けた方は

自分自身が誘ってしまったのではないかという

気持ちを持つ場合もあるのです。

 

 

私は

大変卑劣な、しかも身内による

強姦という事件に遭ったにもかかわらず

そして

私はなにひとつ悪くないのに

自分をずっと責めていたのです。

誰にも相談もできず

何十年という月日が経ちました。

妊娠をしなかったのが

せめてもの救いでしょう。

 

そして

この経験は

私のボーダーラインパーソナリティ障害にも

大きく関わります。

ボーダーラインパーソナリティ障害は

常に自己評価が低く

自分を無価値だと思っています。

 

私は

やはり無価値で

生きていても仕方ないと

深く思うようになったのです。

 

事件のことを母に打ち明ける

 

私は本格的に

精神的におかしくなった頃

母に救いを求めました。

 

母に救いを求めても

無駄だというのは

十分わかってましたが

ひょっとしたら

助けてくれるかも知れないという

淡い期待を持っていました。

 

母に叔父とのことを

打ち明けたのは

私が30代半ばになっていたと思います。

 

私はほんとうに

思い切って母に打ち明けたのです。

 

普通の母親なら

「なんて可哀想な、気付いてあげられなくてごめんね」と

涙のひとつも流すでしょう。

 

うちの母は

一言

「おばちゃんには黙っときなさいよ」でした。

 

もう

この母親には何度も失望し裏切られてます。

私の感情は

「ああ、やっぱこういう反応か」と

こいつは母親じゃないな!

やっぱりな!

でした。

 

 

ブログランキングに参加しています。
もし共感してくださったらポチッとクリックしてください ∑(。>д<。)ゞヨロシク!!

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

 

ボーダーニュースレター

ご登録いただけますと、ボーダーラインと双極性障害な日々の最新情報を、メールでお届けします。

 

Recent Posts

Leave a Comment

Start typing and press Enter to search